コミュニケーションの難しさ (従事者視点エピソード)
長年にわたって、糖尿病の治療でうちのクリニックを受診してくれているAさん。そのご家族が差し出した紹介状を読んで驚きました。その日の朝、意識障害で病院に運ばれ、血糖値が基準を大きく超えていたというのです。 高齢であるAさんは、以前から、投薬治療の結果も良好で、食事療法や運動療法についてもきちんと指示を守ってくれていました。私としては、信頼関係もしっかり構築できており、優等生の患者さんという認識でした。 しかし、3カ月ほど前、Aさんは週刊誌の切り抜きを持って診察室に入ってきました。その記事には、どこかの大学病院の先生監修で「高齢者に使うべきではない薬」のリストが掲載されており、Aさんに処方している薬もそのリストに載っていました。一次情報も追いかけられない、エビデンスレベルの低い個人的見解をもとにして構成された内容です。「この大学の先生が、私の飲んでいるこの薬は飲まない方がいいと言っています。インターネットで調べても、そのようなことが書かれていました。先生、私はこの薬をこのまま飲んでいても大丈夫でしょうか」 その日は、家族のことでちょっとした心配ごとがあり、私自身が疲れ気味だったのもあったのでしょう、このAさんの言葉にカチンときてしまいました。長年にわたって、毎月きちんと検査をしながらこの薬を使い続けてきて良い結果が出ているのに、そんな週刊誌が言っていることで急に不安になるなんて……。声を荒らげそうになるのを何とかこらえ、「そんなイイカゲンな情報にだまされないでください。今の薬をそのまま飲んでいれば大丈夫です」と話したのを覚えています。その日から、Aさんは当院を受診しなくなりました。 Aさんとご家族によると、服薬への不安を拭うことができず、その日以来、処方した薬を一切飲んでいなかったというのです。その結果、かぜ症状をきっかけに、今朝になって、高血糖昏睡が起きて救急搬送されたと聞き、ハッとした気持ちになりました。 私は、3カ月前にAさんの気持ちを理解せず、きちんと説明しなかったことを謝りました。Aさんには、これまで長年使用してきた薬は、定期的に検査をしながら使っているので、不安に感じているリスクについては当面の心配はないこと、ただし加齢とともにリスクは高まる可能性があるので、これを機に安全性の高い別の薬に切り替えようと思うことを、できるだけ分かりやすい言葉で丁寧に伝えました。 それ以来、改めて検査を定期的に行いながら、再び二人三脚での治療が始まりました。以前までは、長年の付き合いだからこそ、どこかでAさんのことをすべて分かった気でいたのかもしれません。同じ情報でも、医師と患者で受け取り方や感じ方が違うことを、改めて認識する出来事になりました。 原作:日経メディカルonlineより構成
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