脳卒中
"私"を知るという予防
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メディカルノート・日本脳卒中協会
汝自身を知れ―。哲学の分野の格言だが、医療の分野でも大事だと思う。従業員に、自分の身体の状態についてもっと気にかけてもらいたい。健康診断の結果をもとに指導する立場にある産業医として、常に心掛けていることだ。
今日は40代後半で健康診断でC判定がいくつかついたAさんとの面談。C判定は要受診だが、どう捉えているのだろう。
「血圧と、脂質、糖の数値が良くないですね。お酒はどれくらい飲まれますか―」
本人と直接話すことで、データ以上のことを知れる。おそらくAさんは、お酒は好きで飲んでいるものの、たばこは習慣になってしまっているだけのようだ。そしてさっきから全く目が合わないので、早く職場に戻りたいのだろう。多忙のようだ。
「健康食品も良いですけど、根本的な食事の見直しと適度な運動が大事です。特に、炭水化物・塩分・脂っこいもの控えめです。少しずつでも変えていかないと、動脈硬化が進んで脳とか心臓で大きい病気しちゃいますよ」
近年で一気に健康食品が増えたが、あれはあくまでサポートをする役割だ。だからとにかくコツコツ生活習慣を見直すことが大事だ、と分かりやすく話しているつもりだが、生返事しかないので本当に伝わっているのか不安になる。せめて目を見て話したい。
「あと、何か気になることありますか?」
やっと目が合って、さっきよりもしっかり考えてくれている。
「うーん、ちょっと前に突然右の手足が痺れて、少ししたら治るっていうのがありました」
――TIA(一過性脳虚血発作)かもしれない。Aさんの状態なら起こってもおかしくない。とにかく一刻を争う。すぐにTIAが何なのか、これからどうするかを説明して、手続きを終えた。
「精密検査の結果が出たら、また来てください」
まだ状況を受け止めきれていない様子のAさんに、そう声をかけた。
後日、Aさんが報告に来てくれた。紹介先の病院でTIAの疑いが強いと、高血圧などの薬を処方され、一安心だ。評価がCになっても、年齢を理由に深く受け止めない人が多い。もっと悪化すれば薬に頼ることが有効だが、薬さえ飲めばどんな生活でもいいかというとそうでもない。ならばこの段階で生活を見直した方が良いのではないか、そんなことを伝えた。
「Aさんのように若くて体型が保てている人でも数値が悪ければ、脳梗塞は起こる可能性があります。健康診断は自分の体の状態を知れる良い機会ですよ」
忙しいだろうからと、理解しようとするのを諦めなくて良かった。自身の状態を知り、何に気を付ける必要があるのか、どうしたら真剣に受け止めてもらえるのか―、試行錯誤を重ねながら、患者さんと向き合い続けている。
- ※TIA(一過性脳虚血発作):一時的に脳への血流が低下することでしびれやめまい、運動障害、言語障害など“脳梗塞”と同じ症状を引き起こす病態。