自分らしい最期の迎え方
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どのような最期を迎えることが、患者さんやそのご家族にとって幸せなのか―私は、在宅医として、自宅で最期を迎えようとする人たちの願いにできるだけ寄り添いたいと思っている。
肝細胞がんを患っていた、男性Aさんをサポートしていた時のことだ。延命のため抗がん剤治療を、病院で受け続けていたが、肝臓全体に広がり、病状は進行した。そんな中、担当医や本人で相談して在宅医療を選んだ。
初めての訪問診療で、自宅に足を運んだ日のことをよく覚えている。家のあちこちに置かれた写真や思い出の品が、Aさんと家族が築いた幸せを物語っていた。
今後の方針を決めるには本人がどう過ごしていきたいかが重要になるため、意向を伺った。
「今、請け負っている仕事だけは、絶対にやり遂げたいんです」。
家族と過ごしながら、生きがいである仕事をやり遂げたいというAさんの強い意思に、背筋が伸びた。≪なんとか望みを叶えてあげたい≫そんな思いだった。
そして在宅ケアを支えるチームで本人の意向をかなえるべく、仕事ができるような緩和ケアの対応が始まった。順調に思えたが、チームの看護師から申し送りがあった。妻のBさんの様子がいつもと違ったので話を聞くと、「夫がつらそうに仕事をしているから休ませたい」とのことだった。しかしAさんから仕事を奪うことは生きがいを奪うことになりかねないと感じるので、痛み止め等の調整により、身体と心のバランスを取りながら生きられる状態を目指している、と説明したとのことだった。
それを聞き、私にもできることがあると思い、訪問した際に私もBさんと話をした。
「緩和ケアは、最期までその人らしい生き方をするためのものなので、Aさんの思いに応えられるようにしています。けれどBさんのお気持ちも大切です。一度Aさんも一緒にご家族でお話しませんか?」
そしてAさんは、今は肉体的なつらさよりも仕事をする喜びが上回っているから見守ってほしい、でも皆に心配をかけるような無理はしないようにする、と伝えた。本人からの言葉に、ご家族も安心したようだった。がんなどの病気を抱える患者さんの家族は、つらい気持ちを抑え込んでしまうことがある。チームがBさんの様子に気付けたことにほっとした。
Aさんはその後、仕事をやり遂げ、その3日後に家族や友人に見守られながら旅立った。
最期に、仕事に取り組む楽しそうな顔を見ることができて本当に良かった、とBさんからお声がけいただいた。その表情は、ただ悲嘆にくれているだけではないように見えた。
≪Aさんの望みを叶える手伝いが出来たのかな≫
その人らしさを大切にすること、そしてその家族の生活も大切にするためにどうするべきか、今日も考えている。
原作:朝日新聞デジタル それぞれの最終楽章
『在宅医療:1 最後の仕事、やり遂げ旅立つ』より
悠翔会理事長(在宅医) 佐々木淳さん