医師視点

慢性期医療の現場を支える人々
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メディカルノート・日本慢性期医療協会

 私は医師になってから長らく、高度な技術や医療機器が必要となる病気やけがの治療、検査を行う急性期病院で勤務していたが、最近、リハビリなどを中心とした治療を行う回復期・慢性期病院に転職した。以前からリハビリ・栄養など、様々ある医療をうまく組み合わせ、地域の在宅医やケアマネジャー等とともに在宅復帰を目指すチーム医療に興味があったのだ。  新たな挑戦に意欲を高めていた私だが、1つ気になっていることがあった。患者さんやそのご家族の中には、回復期・慢性期の病院への移行に不安を覚える人が少なくない。急性期の治療後は、患者さんの状態が安定したこと等により薬の投入量が少なくなるなど、回復に合わせた変更がある。それを、人によっては受けられる医療が減らされると感じるようだ。患者さんが回復するためには不安を取り除き、誤解を解く必要がある。  ある日、80歳を越える高齢で骨折し、手術を終えて急性期病院から転院してきたWさんと面談をした。やはり転院に不安を抱いているようだった。私はしっかりWさんと向き合おうと気を引き締め直した。   病棟には看護師・リハビリスタッフ・管理栄養士・歯科衛生士など多職種が配属され、地域の在宅医や担当ケアマネジャーなどと連携し、チーム医療を行っている。カンファレンスでは、どうすれば患者さんが在宅復帰できるかを話し合う。私は医師として、各職種の意見を聞き、患者さんの容態を考えながら最善が尽くせるよう調整し、リーダーシップをとる。  Wさんのカンファレンスが始まった。普段の様子をよく見ている看護師やリハビリスタッフが、実際にWさんの家に訪問して撮影した写真を基に話し合う。「浴槽の縁に高さがあるね」「それなら、またぐ動作のリハビリがもっと必要ですね」など、自宅に戻った際にどういった動作が必要になるか考えた。他にもトイレや風呂などに不自由しないためにどんな改修が必要になるかといったことまで話し合った。そうして、退院までの目標は「25段の階段を上る」こととなった。「25段?」と首を傾げていたWさんだったが、「Wさんのお家と最寄りのバス停の間に階段があるでしょ?そこと同じ段数です。上れるようになりましょう」というと、瞳を輝かせた。明確な目標がやる気を奮い起こさせたようだ。  入院当初は食欲がなかったWさんも、管理栄養士が体調や好みに合わせて食材を柔らかく調理するなど献身的にサポートし、それに応えようと努力して、少しずつ食べられるようになっていった。リハビリも積極的にこなし、見舞いに来たご家族に「そんなに動けるようになるなんて、入院前より元気じゃない?」と驚かれるほど回復していた。  Wさんの経過を見ながら、私はQOL(※1)の視点で退院後を見通し、多職種が一丸となって医療を提供することの大切さを改めて実感した。  最初は「ここまでやるのか」と驚いたチーム医療だったが、ここまでやるからこそ、Wさんの嬉しそうな顔や、Wさん家族の驚いた顔を見ることができたのだ。

  1. (※1)Quality of Life=クオリティ・オブ・ライフ。人が人間らしく、自分らしく、精神的に豊かな状態で生活しているか。「生活の質」を評価する概念。

原作:Medical Noteより

横浜平成会 平成横浜病院 天辰優太医師

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コメント

大学病院、診療所、リハビリテーション病院など地域には特有の機能を持った医療機関があり、それぞれがさまざまな役割を果たしています。その中でも慢性期医療を担う病院は、超高齢化社会において地域医療を守るために欠かせない施設で、ぜひこれを機に多くの方に知っていただければと思います。入賞作品はメディカルノートにも掲載させていただきます。たくさんのご応募をお待ちしています。

日本慢性期医療協会 日本慢性期医療協会

コメント

慢性期病院に入院する患者さんの多くは解決すべき問題が複数あり、かつそれぞれが互いに関連しています。これらを解決するためには全てのスタッフが協力するチーム医療が不可欠であり、慢性期医療の難しいところであるとともに、やりがいであると言えます。今回の作品が多くの方に慢性期医療を知っていただくきっかけになればと思います。

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