看取りが近づいた時に
supported by
朝日新聞
私の母は、私と妹が結婚し家を出てから、長い間父と二人暮らしをしていた。80を過ぎた頃、認知症を発症し、特別養護老人ホームに入所することになった。 数年前の夏、母は認知症に加えて老衰も進み、認知症の進行と内服薬の副作用で、ほとんど口から食べられないことが増えた。時間を見ては見舞いに訪れていた家族が心配する中、介護職員が食べるときの姿勢を整えたり、口腔マッサージを繰り返したりしてくれ、また口から食べられるようになった。 けれど、誤嚥性肺炎(※1)を発症。入院治療をしても食事をとると再発し、熱が引かなくなった。主治医から「しっかり治療して、また食べられるようになっての退院は、難しい」と告げられた。しばらく言葉が出なかった。施設に入所し、症状の進行から「そろそろかもしれない」とは感じてはいたが、ついにその時が来るのだと私たち家族は覚悟しなければならなかった。 病院から状況を聞いた施設のケアマネジャーから、私たち家族に呼びかけがあった。入所時の話し合いで「胃ろう(※2)はさせたくない」と伝えていたので、今後の話し合いをするためだろう。父と私を含めた家族が集まった。 ケアマネジャーが、今回入院に至るまでの経過と主治医からの報告を我々と再確認した後に「今後のことを考えるために、施設で看取りを行う場合についてもご説明しますね」と言って話し始めた。 「死期が近づいて来ると、のどがゴロゴロいうことも多いですが、その時期は『苦しい』という感覚は薄いので、吸引は控えます」 「最期の方は、あえぐような呼吸になりますが、呼吸筋では足りず、ほかの筋肉も使っているだけで、苦しくはありません。そのときには酸素マスクもつけません」 「点滴も、ある時期からは体がむくんだり、たんが多くなり、かえってつらくなるので控えます」 正直驚いた。看取りの時は、点滴などをするものだと思っていた。母の看取りについて、話しているようで多少避けているところもあった私たち家族は、その時初めて看取りと向き合った気がした。 それから10日後、母は施設で穏やかに旅立った。本当に説明されたように亡くなった。 どんな心づもりをしていても、悲しいものは悲しいし、もっと母にしてあげられたことがあったのではないか、私たちの選択は間違っていなかったのだろうか、と考えてしまうことがある。 だが、ケアマネジャーからの説明を受けていなければ、私たち家族…特に長い間二人きりだった父は、「吸引を」「酸素マスクを」「点滴を」と取り乱していたかもしれない。 説明をされたことで、母に別れの言葉を時間が許す限り伝えることができたのだ。
- (※1)誤嚥 ごえん (食べ物や唾液などが誤って気道内に入ってしまうこと)から発症する肺炎のことを指します。誤嚥性肺炎の発症には、飲み込みに関係する機能が低下している(嚥下機能障害)ことが背景にあります。
- (※2)栄養を注入するために胃に孔を空けてチューブを入れる処置です。
原作:朝日新聞デジタル それぞれの最終楽章『特養で』より
特別養護老人ホーム「グリーンヒル泉・横浜」ケアマネジャー 小山輝幸さん
コメント
朝日新聞の別刷りbeでは「それぞれの最終楽章」という看取りの連載をずっとしています。このエピソードは、そこからピックアップしたものです。文字だけで見るのと違い、マンガにすると読者の方に、よりイメージがわきます。この原作エピソードが、マンガになったらどんなふうになるのか、いまから楽しみです。