医療に関する 言葉にしないと伝わらないこと supported by SNS医療のカタチ・ケアネット
私は言語聴覚士である。訪問リハビリの分野で、いろんなご家庭に伺う。主な仕事内容は「ことば」などのリハビリを行うこと。コミュニケーション能力の改善を目指すのだ。リハビリを行う上では「頑固者」「せっかち」などの、性格も需要な要因だ。考え方は人それぞれで、決まった正解はないから難しい。そんな「ことば」のリハビリで印象的だった利用者さんがいる。
ギャンブル好きで、せっかちなMさんは若い頃結構やんちゃしていたタイプらしい。というか今も非常に元気ではあり、車椅子で奥さんと毎日どこかに出かけている。しかし、病気の影響で舌が動きづらく、会話の8割が聞き取れない状態だ。こういう場合、「喋るスピードを遅くする」訓練を行う。「ゆっくり喋る」ことで、舌の動きなどに余裕が出る為だ。訓練には、ペーシングボードと呼ばれる器具を使う。カラフルなマス目が並んだ板で、それぞれのマスを指差しながら喋るのだ。
こ ん に ち は
あ り が と う
Mさんの場合も「ゆっくり喋る」ことで、言葉はかなり聞きやすくなった。症状が重いので、ペースとしては一文字ずつ区切って喋るようにする。そこで私は、こう説明をした。
「大事な話をするときは、""この喋り方""で、しっかり相手に伝えましょう。」
それを聞いたMさんは、何か閃いた顔をした。そして、覚えたてのペーシングボードを使いこなし、満面の笑みでこう言ったのだ。
せ ん え ん か し て ぱ ち ん こ ま け た
腹が立つほど満面の笑みである。繰り返しになるが、私は言語聴覚士。「言葉のリハビリ」をする仕事だ。だけどこの時、初めてこう言った。
「…だまって下さい!」と。
まさか仕事でこの言葉を使うとは。そしてリハビリの成果が、こんな形で現れるとは…。その後、ふたりでずいぶん笑ってしまった。Mさんの満面の笑みは非常に憎たらしかった。でもたぶん、あれは半分本気だ。だけどそれ以降、Mさんのことを前より身近に感じるようになったのも事実だ。なんならちょっと好きになった。
コミュニケーションには、いろんな形がある。緊急連絡から、日常会話、下らない冗談までさまざまだ。それが例えどんなものだろうと、伝わるためにサポートするのが私の仕事なんだと再確認した。「ことば」にはその人の人格が宿るのだから。
原作者:ツバメ訪問ST(@tsubame_st)
目に浮かぶような患者さんとの微笑ましいやりとりの中に、言葉を交わすことの大切さが詰まっています。
医療者が患者さんと交流する上で、相手の性格や、求められる距離感を考慮しながら心の通い合いを実現するプロフェッショナルの姿が、とても魅力的に映りました。